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「無名人からの伝言
   ― 大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生 ― 」

2008年9月1日、慢性的な水不足に苦しんでいた千葉県有数の穀倉地帯・干潟八万石を真の「美田」につくりあげた大利根用水事業の立役者、野口初太郎の自叙伝「無名人からの伝言 ― 大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生 ― 」(著者 野口 稔 定価・本体 1500 円 + 税 発行所・夢工房)を出版した。

初太郎の父親は利根川下流に位置する香取郡東庄町谷津出身で、初太郎は著者の血縁(大叔父)だ。苦学力行の末、千葉県技師となった初太郎は、故郷発展のために職業人生のほぼ全てを大利根用水事業に捧げた。命の根源は「食」である。初太郎は利根川という自然の力を利用して命の根源を生産する場、干潟八万石のインフラを整えた。

日本の農業政策は、初太郎が大利根用水を構想した食料増産を国是とした時代から、コメ余り、減反政策、自由化への対応へと大きく変化し、昨今は新興市場の急成長や原油高によって、歴史的な食糧難の時代に突入した。こうした時代状況の中で今回、初太郎の功績をあらためて検証してみた。

堂本暁子・千葉県知事(当時)が激賞!
  野口初太郎の人生は、大利根川用水の実現に向けた一人の技術者の30年余りにわたる挑戦の日々でした。「亡己利他」を実践し、命の水を下総台地にかよわせ、ついに米どころ干潟八万石を実現します。こうした取組は、今、私たちが直面している自然と農業の問題に光を投げかけるものです。地域づくりに携わる行政や県民の皆さんにぜひ読んでいただきたい「希望の一書」です。

*本書に関する問い合わせ先及び購入先

【夢工房】
〒257−0028 神奈川県秦野市東田原200−49
TEL(0463)82−7652 

FAX (0463)83−7355
メ−ルアドレス  yumekoubou-t@nifty.com
ホームページ  http://yumekoubou-t.com/


 

表紙

「無名人からの伝言 ― 大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生 ― 」

目次
はじめに
一章 写真に込められた二つの意思
二章 自叙伝−不屈の八十年−
三章 足跡探訪

四章 重なり合う二人の無名人
五章 伝言の意味
おわりに

はじめに
  インド求法の大旅行記である「西遊記」の主人公、三蔵法師こと僧玄奘は中国最大の翻訳家と知られている。三蔵法師は仏教を極めるためにインド行きを決意し、17年間にわたってインド、西域などをめぐり、膨大な経典を中国に持ち帰った。国禁を犯しての旅は、灼熱の砂漠、険しい山脈を越えての生命の危険をも顧みないものだった。帰国後、三蔵法師は19年間もの歳月をかけて翻訳事業に取り掛かり、漢訳を完成させた。長期間わたって持続する志の高さと強さに驚嘆せざるを得ない。
  血のつながっている無名人、野口初太郎の自叙伝を書くのに、のっけから歴史上の大人物の偉業を比較対象として取り上げることは大それたことであり、正直、気恥ずかしさとためらいがあった。でも、初太郎が職業人生のすべてを賭け、九十九里平野の一角にある干潟八万石を真の沃土と化した大利根用水事業は、前哨戦も含めれば完成までに30年以上の歳月を必要とした。この間、執拗な反対運動、戦争、インフレが起こり、個人的には左遷、相次ぐ家族の不幸にも見舞われた。しかし、決して挫けることはなかった。
  昭和40年から翌年にかけて「週間朝日」に連載された利根川の風土記「利根川」(朝日新聞社)の中で、著者である作家の安岡章太郎は「実際、大利根用水は大事業である。しかし、これは必ずしも事業の規模がそんなに大きいという意味ではない。これを『大きい』と感じさせるのは、その完成に要した年月の長さと、背後にあってこれを推進した人たちの意欲と努力と情熱の大きさとである」と書いている。
  初太郎をこれほどまでにつき動かしたものは何だったのか。その「正体」にわたしはいたく興味を持った。「大利根用水事業史上巻」の序文に「当時の気持ちといえば、ただもう、利根川に思いを焦がしていたようのもの」との記述がある。歴史上の偉人、無名人を問わず人間には、狂気にも似た熱情を伴う「行動原理」が体内に埋め込まれているのかもしれない。この「行動原理」は目先の損得勘定では測ることができないし、社会変革を引き起こす巨大なエネルギーとも深く関係しているように思えてならない。


おわりに
  日は東の空を真っ赤に焼き、利根川河口の銚子方面からゆっくりと昇ってきた。冬の「利根の川風」は、身を切るように冷たい。大利根用水の笹川揚水機場の近くに佇み、小波を立てて上流に向け、ひたひたと逆流する川面を、体をすくめて見つめながら、はたと気付いた。
大水上山の雪渓から始まり日本最大級の大河と化した利根川の旅は、わが故郷に近い河口で終わるのではない。太平洋に注がれた利根川の水は再び天に昇り、雨水となって大水上山の頂上に還る。終わりは始まりである。自然の営みは、この正確で果てしない動作の繰り返しなのだ。
  わたしは光、風、森、川、海などが織り成す下総台地で、父と母から生を受け、伴侶と結ばれ、二人の息子を授かった。息子たちは既に結婚している。近い将来、新しい命を授かるはずだ。人生は命のバトンタッチリレーである。自然のサイクルと同じく、人の営みも同様である。
  本来、自分は何者で、一体どこから来て、何をしたくて、どこへ行くのか?「無名人への伝言」の執筆によってわたしは父、初太郎、レヴィンと同じ「下総台地の子」なのだという確かな自覚を持った。還暦、定年という人生の大きな節目を迎えた今年、しかも父新の命日の9月1日に、本書を出版できたことは大きな喜びである。
  初太郎は「大利根用水事業史(下)」の見開きに「先祖の御霊前元 初太郎 昭和三十八年八月」と書いている。初太郎同様に、ご先祖様への感謝の気持ちを込めて、わたしも本書を実家のお仏壇に捧げよう。同時に故郷の発展という志で結ばれた「下総台地」、そして利根川流域に住むすべての人々のために。
2008年9月1日



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北鎌倉湧水ネットワーク代表 野口 稔
 TEL/FAX   0467-41-1817
 E-MAIL    YHR00327@nifty.ne.jp




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