特   集


  美しい景観は国民共通の財産   ―景観法案、国会に提出



 美しい街並みづくりの基本法となる景観法案(仮称)が2月12日、国土交通省から国会に提出された。同法案は今後、国会審議を経て、法律となるが、国交省は、04年度中の施行を目指している。
私は約2年前にこの北鎌倉湧水ネットワークのHPで、私企業の利益追求のために、北鎌倉の六国見山の麓と中腹で想像を絶する自然、景観、文化破壊が進行している現実に憤りを覚え、景観を保全するための新たな法律、景観法(仮称)の制定の必要性を訴えた。
それだけに景観法案の国会提出を、大変喜ばしいことだと思っている。

【参考】
小津安二郎は眠れない -開発という名の破壊に終止符を-( 2002.6.3 )
http://member.nifty.ne.jp/Kitakama/2/0261/1.html

 

 


マンション建設計画の掲示板

▽北鎌倉の景観は「公共の財産」
 友人の写真家、関戸 勇さんは、「北鎌倉春秋 関戸 勇のネット写真展」(http://member.nifty.ne.jp/Kitakama/8/16.html)の中で、北鎌倉の街並みのイメージを次のように書いている。「電車が大船から少し行くと線路が右に大きくカーブする。そこから景色が一変し電車は森林の真中へ吸い込まれる。右手は台峯の森、左手は円覚寺の森だ。北鎌倉駅はほとんど無蓋のプラットホームが一直線に樹木に蓋われて深閑とした駅だ。私はこの駅が好きで、この駅で乗り降りしたくてこの町に住み着いたのだった」

 私も関戸さんと同じような思いを持っている。歴史的な建造物と緑の融合した景観が、北鎌倉のかけがえのない財産なのだ。これは私だけでなく北鎌倉の住民と外部から北鎌倉を訪れる人々に共通した思いだと考える。だから、私有地であるが、北鎌倉のような景観は「公共の財産」という従来とは違った発想で、保全すべきであり、その根拠となる景観法(仮称)の制定が必要と主張したわけだ。

 今回、国会に提出された景観法案(仮称)は、景観を「国民共通の財産」と位置づけ、「国民や自治体、事業者が良好な景観を形成するよう努める」としており、私の主張が盛り込まれている。市民、自治体、事業者がそれぞれの役割を果たすことによって、実効性を持った法律となることを期待したい。

▽「台の杜」は販売で苦戦
 残念ながら六国見山の麓と中腹は、景観法案が成立する前に既に宅地化されてしまった。麓は昨春のゴールデンウイーク頃から「北鎌倉台(うてな)の杜(もり)」と名付けられ、積水ハウスが販売を開始した。最近自宅に入ったチラシの文句が皮肉だ。「街は、もう鳴動しています。ここは、北鎌倉、丘の上。北鎌倉ならではの歴史や、文化、自然環境を受け継ぎなら、新しい暮らしのスタイルを描く…」。
 
 勘弁してほしい。この場所は湧水を育んだ豊かな森と中世の大規模な石切り場という貴重な歴史遺産が眠っていたのだから。それらを徹底的に破壊しながら、逆に売り物にしている―。これは、国立マンション訴訟で、東京地裁が、企業の社会的使命を忘れた身勝手な行動だとして、厳しく戒めている。山だったところを崩して宅地化したため、開発コストがかさんだのかどうか知らないが、宅地販売価格が、一坪約60万円と周辺との比較で割高感がある。販売開始から間もなく1年になるが、ほとんど売れていない。

▽効率主義には落とし穴が
 一方長窪地区と呼ばれている六国見山中腹の宅地開発は、区画整理事業として行われ、今年2月から販売が始った。元々が畑だった。私もこの場所で、地主さんから畑を借りて、「日曜百姓」をしていた。それぞれの畑には段差があった。台の杜を宅地化した岡山県に本社のある大本組が、地主さんたちから造成工事を請け負い、台の杜を削った土砂をダンプで運び、畑を埋めて、段差をなくした。ロスをなくすためだ。徹底した効率主義が追求された。

 まだ宅地造成中だった長窪地区を実際に見た神戸市に住んでいる私の知人が「阪神大震災の時、元からあった地盤の上に建てられた住宅地と新たに造成造成した地盤の上に建てられた住宅地では、被害に大きな差が出た」と指摘した。大地は長い年月の経過によって、強固なものとなる。効率主義には、必ずといっていいほど、落とし穴がある。こちらの販売価格は一坪30万円台と、「台の杜」よりかなり安い。人間にとって、住宅は一生の買い物である。造成地であることを確認して、そのことを納得した上で、宅地購入契約を結んだ方がいいと思う。

▽企業理念との整合性を質す
 北鎌倉の景観に重大な影響を与える小泉邸跡地マンション建設問題は2月7日夜に、事業者の山田建設による第3回目の近隣住民に対する説明会が、行われた。この席上、山田建設はかつての小泉邸所有者だった小泉家の引っ越しが、完了したことを明らかにした。また、採算性の観点から、あくまでも15メートル以上、5階建て案を譲る考えのない姿勢を強調した。

 国立マンション訴訟や景観法案(仮称)の国会提出の社会、政治、経済的な流れ、周囲の建物から際立つことがないよう、事業者に対し要請しているという鎌倉市の姿勢を踏まえ、一連の説明会で私は山田建設に小泉邸跡地マンション建設問題と企業理念との整合性、言葉を変えれば企業の社会的責任について、質している。

 山田建設の山田健治社長が、自社のホームページで述べている企業理念は実に明解だ。「わたしたちが目指すもの、それはマンションという住まいをご提供することを通じて、そこにお住まいになる方と地域、そして環境との優れた調和を実現していくことです。…お客様に心から喜んでいただくためには、品質の確かさと並んで“ときめき”が必要であることも、私どもは気付いています。信頼を獲得するために硬直化し保守的になってしまうのではなく、アグレッシブにさまざまな可能性に挑戦しながら“ときめき”を創造し、人が真に豊かさを感じることができる住まいを提供してゆきたいと考えています」

▽根本に美意識の欠如
 ではなぜ、現場がこの社長の企業理念を実行できないのか。一つは自然や景観を破壊しながら、それを売りにしていることになんら、疑問を持たない日本の企業のモラルがある。これは最近相次いだ商品の偽装表示事件と根っこは一緒である。選挙の公約を守ろうとしない多くの政治家の姿勢にも通じる。

 それと小泉邸跡地マンション建設問題で思ったのは、山田建設及び同社から設計を請け負ったDAN総合設計に、北鎌倉の景観を大切にすることが「過去に対する郷愁や未練によるものではなく、将来の日本の美意識と品位のため」(作家の大佛次郎氏)であることに、まったく意識がいっていないという点だ。美意識が欠如しているとしか思えない。

 最後に景観法案(仮称)に関する、日経新聞社の社説の要旨を添付しておく。
○社説 にっぽん再起動(最終回)子孫に誇れる美しい国土をつくろう
 …景観法の先駆けになったのは自治体の努力だ。1980年代後半から増え始めた景観条例は現在、524を数える。しかし、景観条例には法的根拠がなく、醜悪な建築を強行しようとする業者を裁判に訴えても住民に勝ち目はない。先進国には珍しいこの開発・建設一本やりの野蛮な環境を変えるには基本法としての景観法がどうしても必要だった。…住民にも課題は多い。景観破壊を伴うと分かっていても、とりわけ地方では開発需要への誘惑は強い。景観を守るには住民の権利も制限される。自分の家でも好き勝手に建て替えることはできなくなるからだ。得る物と失う物、公共の義務と私の権利をどう納得するか。地域社会の姿をめぐって国民は自らの生き方を問い直すことになるだろう。しかし、遠回りのようでもこの道を進むことは後の世代への私たちの責任である。子や孫に誇れる町や村をつくる――その仕事の先にこそ、日本の新しい姿が見えてくる。(了)

 

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