男はなぜ「農」に惹かれるのか
      北鎌倉と横浜の日曜百姓大いに語る

 

○鼎談者 多賀 和幸(横浜)野口  稔(北鎌倉)
  平野 恵子(長崎:
進行役


【平=平野】 今回の企画は、日曜農業がなぜ男性にうけているのか?という疑問から生まれました。先日、野口さんのML仲間という実業の日本社の藤田さんという方から、話題提供として、いま無料の農業体験の旅が人気上昇中!みたいなことが送られてきました。 その藤田さんの言葉に「『農』はいま、男たちの生き方の重要なテーマの一つだと思います。」とありました。ほう、そうなんだ。で、なぜ、男は『農』に惹かれるのか?『農』が男たちにもたらすものは何?それは、流行なの?本質的なものなの?と思ったわけで。思いつきなんですが、男たちが「農」や土いじりになにか生き方に触れるものをみいだすのであれば、私が運営しているサラリーマンスタイルドットコムhttp://www.salaryman-style.com/でも、それを伝えたいと思い、提案させていただきました。
 ただ、日曜農業に関しては、聞けばすぐに意見を寄せてくれる人がたくさんいるとか。このテーマで話したい人、意見を言いたい、聞きたい人は多いと思いました。お二人に答えてほしいことがいくつかあります。

【平】多賀さん、野口さん、簡単にプロフィールを教えてください。

【多=多賀】私はビジネスマンOBで、横浜市で情報やメディア関連の市民活動に忙しい毎日を過ごしています。農業体験は自宅の庭にハーブや料理の彩りに使える野菜を育ててきました。今年の春から横浜市緑区の市民菜園が当り、20平米農家にやっとなれたという駆け出し小作農です。
 農業への憧れは現役のころから強く、定年で会社を辞める時、このような文章を友人に送っています。
「私も信州あたりに古い農家を借りて晴耕雨読をしようと思っています。プロの農業はできませんので、自家用に作った野菜や山菜や近くの川で釣ったやまめなどを酒の肴に炉辺でゆっくりと気の合った友人やご近所と自然や文化や人生の楽しや不思議さについて語り合いたいと思っています。」
TaKMi:http://www.sanjocity.jp/~it-takmi/
横浜市民メディア連絡会(Y-CMC):http://www.y-cmc.com/



【野=野口】「日曜百姓」歴は丸6年になります。8年前に、横浜から北鎌倉に引っ越しました。転居するまでは、地域では“根無し草”だったのですが、現在は北鎌倉の自然環境や景観保全、まちづくり運動にかかわっています。マスコミに勤務しています。職場が最近汐留に移りました。JR横須賀線一本で、通勤できるようになります。もう少し、「日曜百姓」に時間が割けるのではないかと、そんな期待を持っています。

【平】 「農業」に惹かれたのは、なぜだと思いますか?きっかけになったのは、どんなことだったのでしょう?

【多】二つほど理由があると思っています。
一つは高度成長期の最先端のIT産業の猛烈エンジニアとして働きながら、これはなにか違うぞという違和感を胸のどこかに隠し持っていたということでしょう。その対極にある「農」とか「自然」の世界に、惹かれたということでしょうか。また食べることに関心があったことも事実です。
もう一つは、R.カーソン「沈黙の春」やT.コルボーン「奪われた未来」を読んで、環境問題に関心を持っていたところに、BSE、無許可農薬、偽装表示などの問題が現実のものとなり、「農」や「食」の問題に、具体的な取り組みをしなければという現実的な危機感をもったということです。

【野】土の匂いです。記憶の中で眠っていた故郷の土の匂いが「農」をすることで、蘇ってきます。
妻が、鎌倉市の広報誌に市民農園の案内が出ていると教えてくれたのがそもそものきっかけです。さっそく応募しました。競争率は約4倍。くじ運はあまり強くないのですが、なぜか当選しました。広さは5坪。
 しかし、市民農園は2年間しか借りることができません。市民農園の後は出入りの電器屋さんの紹介で、自宅近くの六国見山の中腹にある畑、150平方メートルを借りました。10年くらいは借りられるかと思って一生懸命、土づくりをしましたが、宅地開発が始まり、泣く泣く返還しました。
 現在は鎌倉市と横浜市の境目付近にある丘の上の畑を借りています。約50平方メートルあります。行きつけの園芸店が紹介してくれました。距離が自宅から4キロあります。時間的な制約のあるサラリーマンとしては少し、つらいところです。

【平】「農」は、あなたになにをもたらせてくれましたか?

【多】「農」を体験してみて、ビジネス的に考えると、今までのやり方で存続して行くのは難しいなあと実感させられることです。苗や園芸用具や肥料など結構高く、手間隙かけた割には出来た収穫物の市場価格は驚くほど安いということが分かります。
また私の借りている農園でも、病虫害や連作障害で枯れたり、収穫直前に鳥にかじられたりの被害がでています。(赤く熟れたトマトが収穫寸前に鳥にやられて、防鳥ネットをかけました)。農作業は蚊にさされるし、日に焼けるし、夏はたちまち雑草が生い茂るし、特に高齢化が進んでいる日本の農業の大変さは実感できます。
自分でやってみて、夏場のきれいな小松菜やオオバは農薬まみれだから買わないとかいうことがわかってきます。
しかし手塩にかけた野菜は格別です。今年は鞘インゲンやジャガイモ(キタアカリ)やキュウリなどを楽しんでいます。また自分の家の庭のハーブやレタスやオオバなどをちょっとつまんでくると、食卓がとても豊かになった気がします。

【野】いくつかありますが、楽しみを与えてくれました。蒔いた種の芽が出てきたのを見るだけで楽しい。精神と肉体のバランスの回復にも役立っています。勤務が不規則です。ほぼ徹夜の状態で、帰宅した時、少し仮眠した後、畑に行って、土に触れているとすごく気持ちがいい。一時的に狂ってしまった「体内時計」が、「もとに戻っていってる」ことを実感します。
 人の輪も広がりました。子どもが巣立ってしまったので、収穫した野菜は妻と二人ではとても食べ切れません。御近所や友人、知人にお裾分けします。収穫したばかりで、新鮮だから、大変喜んでいただいて。キャベツや里芋なんかは、写真や絵の材料にしてもらったり、骨董品の器に飾っていただきました。 考え方、ものの見方も変化しました。「いただきます」の意味が分かりました。「いただきます」が、「命をいただいている」ということであることを頭の中ではなく、気持ちで理解しました。梅雨が嫌でなくなりました。自然のサイクルを肌で感じています。

【平】 私も含めて台所をあずかる側としては、素材の安全性ということにこだわります。割高でも国内産を買いますし、無農薬で出荷している農家のもを売る専門店を使ったりします。作る側としても有機、無農薬にこだわりますか。

【多】野菜を作らない間は、自分の家の生ごみを畑に埋めています。これはごみの削減にも、土壌の改良にも大いに役立っています。化学肥料は追肥として使うことはあります。農家も自家製の野菜には農薬を使わないと聞いているので、使いません。病虫害にやられたときは諦めます。
弱った野菜に虫がたかるのは面白いですね。健康な野菜は、一種の防虫成分を自分で出しているという話も聞きました。
本格的な自然農法をやろうと少しずつ勉強しています。自然農法の創始者達も、決してまねをしていませんね。自分の経験をもとに実に独創的な手法を編み出しています。
結局は多くの微生物や生き物が生息する健康な土壌を作るということに尽きるわけで、現代の家庭や教育や企業や社会の改革と同じだなあということを実感しています。

【野】バラも育てています。バラはデリケートなので、殺虫剤と殺菌剤を使用しないとうまく咲かせることはできません。殺虫剤と殺菌剤は人体への悪影響があるため、使用上の注意が、細かく書かれています。この殺虫剤と殺菌剤は野菜に使う農薬と同じです。有害だと分かっていて、自分が口にする野菜に農薬は使えません。
 10数年前、北海道の旭川で、有機、無農薬で米をつくっている農民を取材したことがあります。栽培面積は18ヘクタール。この農民、かつては農薬をバンバン使っていました。しかし、農薬を浴びて、体調を崩し、長期入院を余儀なくされてしまいました。
 このことがきっかけとなって、農薬と化学肥料を使った米作りを止めました。「それから2、3年後、水田にはカエルや虫、野鳥の姿が戻ってきました」とこの農民は嬉しそうに話していました。この取材体験も影響していると思います。
 心掛けているのは季節に逆らわないこと。例えばキャベツとジャガイモ。品種の改良で、現在ではどんな時期でも栽培が可能です。でも、キャベツの場合、4月の初めまでは虫がつかないが、以後、温度が上昇すると、虫に食われてしまいます。ジャガイモも時期を外すと、テントウ虫に葉っぱをバリバリ食べられてしまいます。
 でも、有機、無農薬農業は趣味、道楽だからできるかな、という気もします。よほど工夫しないと、職業として有機、無農薬農業を実践するのは至難の業ではないかと思います。

【平】 それでも職業として有機、無農薬を実践している農家もあるわけで、そこの作物の値段は高くなるのは当然、なのに、そこのトマトが1個300円したら多くの人は値段が高いと思う。ところが1流ホテルのケーキが1個500円なら安いと感じる。一般の人々の、素材と加工品の値段の感覚が戦前のまま進化してないのが問題。ちゃんとしたものを食べようとすればそれなりにエンゲル係数は上がるのが当たり前ですね。

【平】さて、これから日曜農民を夢見ている後輩に伝えたいこと、具体的な方法などについて一言。

【多】何しろ駆け出しですから、先輩に伺いたいことばかりです。最近農業人口が減って、休耕地が増えてくると思いますから、市民菜園の募集は、お住まいの市町村の役所やJAに問い合わせると教えてくれます。
日曜百姓として、始めるときはまづ20平米位から始めるとよいようです。またあまり離れたところは、長続きしないようです。この世界も、ゴルフなどと同じで、親切に教えてくれる先輩が大勢います。
私は菜園にゆくと、必ず多くの方々と情報交換します。地域社会にコミュニティネットワークを持たない男性には、人と人の輪を広げる絶好の機会です。できればITネットワークを作りたいと考えているのですが、市民菜園派とIT派は相容れないような気がして、話し出してはいません。
田舎や農業に拘る男性の悩みは、田舎や農業への女性の拒否反応です。
「私は農作業はやりません。田舎へは行かないから、一人でどうぞ」と私も冷たく言われてきました。田舎暮らしをとって女房に逃げられた男性も大勢います。
1998年の緑区の生涯学級「緑区オンライン学級」というメーリング・リストを使ったコミュニティ活動で、皆が話し合い私が編集した「都会と田舎」という録があります。  http://home.catv.ne.jp/dd/taga/sub1-3.htm
ほとんどの女性が田舎が嫌いという結果でした。これについての平野さんの見解と女性をどう説得したらよいかをお聞きしたいと思います。

【平】 女性にも農業が大好きな人はたくさんいますから、一概には言えないと思います。
この問題の本質のところは農の問題ではなく、人間関係や夫婦関係の問題かもしれません。
農がなにかを育てるという醍醐味なら、女性は子育てで、その醍醐味や大変さを体験してきているわけで、さらに、これ以上大変さを抱えたくないと言う気持ちもあるでしょう。昔から農家の嫁はたいへんな苦労を強いられてきています。そのイメージはいまでも根強くあるのではないでしょうか。
もっと下世話なところでいえば、一般的な男性は、「土くれだった指をした日焼けした田舎女」と「楚々とした色白の古都の女のどちらを美しいと言いますか?どちらを恋人にしたいと思いますか?古から、男が後者に惹かれることを、女は直感的に知っているから、田舎はいやだというのです。
「…、一人でどうぞ」と言われたら、奥さんの束縛がない自分の世界で農業が好きな人たちと新しいつながりを創ることができるということですから、考えようによっては自由獲得!!ですよ。
男の人は、、無意識に自分の価値観を妻に押し付けていないかを振り返ってみてください。案外、その部分が大きなネックになっているのではないでしょうか。自分の言い分と同じくらい妻なり、パートナーの女性の言い分を聞いて話し合っていくと、きっと一緒に動いてくれます。女性は男性の従属者や部下ではなく、相棒の立場で接してほしいのですから。農業の話からそれてしましましたが、女性を引き込むための重要なポイントだと思います。


【野】時々、畑を借りたいがどうしたらいいかと聞かれます。
まず、自治体に問い合わせてみる。次に園芸店や地元の情報に詳しいお店、例えば量販店ではない酒屋さんとか八百屋さんなどに聞いてみる。また、地域活動をしていると必ず、情報通の人間がいるはず。そういう人に「畑を借りたいのでよろしく」と頼んでおけばいい。
 それと是非とも心に留めておいてほしいのは「生き物を相手にしている」という気持ちです。
市民農園を借りていたとき、4倍もの競争率を突破したのに、耕作放棄してしまった市民が、3割以上もいました。いろんな理由があると思いますが、「簡単に収穫できると思った」という期待を裏切られて、いやになってしまうケースが、多いのではないかいう印象を受けました。
 夏の時期は、雑草があっという間にはびこってしまいます。たい肥をしっかり入れて土を作らないと土が酸欠状態になってしまうし、石灰を適度に入れて、中和しないとホウレンソウなんかはうまく育ちません。収穫までには、風や日照不足、逆に水不足、鳥害、虫害など様々な障害があります。
 しかし、この障害を乗り越えて、収穫物を手にした時の喜びは、格別のものがあります。痛感するのは、手をかければ、かけただけのリターンがあるということです。植物は人間を裏切りません。
 つい最近のことです。わが家の朝の食卓に冷やしトマト、キュウリとナスの漬物、具にタマネギ、ジャガイモが入った味噌汁が並びました。色鮮やかでした。すべて自分が栽培し、しかも収穫したばかりの野菜です。否応無しに食が進むし、元気が出てきます.

 

野口ファームのタフな野菜たち(03年夏)
赤いジャガイモ メークイーン
カボチャ
トマト キュウリ 収穫したタマネギ

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