【7】  企業も社会の構成員  (機関誌「北鎌倉の風」第3号掲載)
     環境、景観、文化への配慮を
           

 グイーン、ガリガリガリ―。重機がごう音を響かせて静寂な住宅地に隣接した緑豊 かな森の樹木をなぎ倒し、大地を切り崩す。この光景を日々目にする度にふつふつと 沸き起こる憤り、悲しみの感情とやりきれない思いを禁じ得ない。
 緑豊な森とは、私たちがトラストの対象地にしている台峯緑地とは、JR横須賀線の 線路を挟んで向き合う位置関係にある通称、台緑地のことだ。この緑地は円覚寺裏山 の六国見山(ろっこくけんざん)の麓にある。台峯とともに、“鎌倉の緑の玄関口” 的な存在で、北鎌倉の景観にとって、非常に重要な緑地だ。私たちは緑地のまま保全 し、後世に伝えることができたならと願って来た。
 しかし、岡山市に本社のある大本組というゼネコンが、昨秋、土地の所有権を含め たすべての権利を取得し、今年4月から埋蔵文化財調査を理由に、事実上の宅地造成 の本工事に突入した。開発面積は3万4千平方メートルで、83宅地を造成する。平 地ではない山の麓なので、山の部分を削って、平にする。このため、大量の土砂が発 生する。その量は何と約143万立方メートル。この土砂の搬出には、11トンダン プカー1万5千台が必要となる。工事期間中は3分間に1台の割合で、ダンプカーが 住宅地の生活道路を往来する。
 当基金は自然環境、景観、生活破壊につながると考え、鎌倉市と大本組に計画の見 直しを要望したが、私有権の壁に阻まれた。鎌倉市は「前の市長が許可したので、や りようがない」の一点張り。大本組は返事すら寄越さない。自然環境保全の大切さが これだけ叫ばれている中で、山ごと削って宅地を造成する考え方を平然と実行に移す 大本組の企業姿勢に疑問を持ったが、この疑問は宅地造成現場から、大規模な中世の 鎌倉石の石切り場の遺跡が、発掘されたことでますます強まった。
 この遺跡の調査を大本組から請け負った田代郁夫・東国歴史考古学研究所所長は「 史跡の意義付けは、特に有名人ではなく無名の石工の作品というか生産の場が、これ だけ大規模に姿を見せたことに大きな意味がある。鎌倉石を切り出した中世・近世の 石工集団については、多くのことが不明だ。石切の実態を知る上で興味深い」と話し ている。
 この遺跡は、事業者の大本組の説明では「記録保存という目的は達したので、遺跡 は取り壊します」とのこと。大袈裟な言い方かもしれないが、これはタリバンによる バーミヤンの仏教遺蹟の破壊に匹敵する暴挙なのなのではないか。この緑地は私有地 ではある(あったというべきか)が、北鎌倉の自然、景観、文化を愛する多くの人々 の「共有財産」でもあるからだ。私有権は尊重されるべきだが、企業も利益追求一本 槍ではなく、人間と同じように、社会の構成員であるという認識が求められる時代に なったと思う。
 今、鎌倉を訪れば、大船方面から北鎌倉に向かって左側を見れば、ざっくり削り取 られた緑地の無惨な姿が、否応無しに目に入る。“ゼネコン国家日本”の原型が、古 都北鎌倉にある。こうした暴挙が再び起こらないようにするためには、どうしたらい いのか。私は行政と企業の発想の転換と同時に、税制を含めた日本の現行のシステム そのものを変えていく粘り強い取り組みが、市民運動に求められているように思われ てならない。
 

 

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